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神々の森の文明

神々の森の文明

 いま地球環境を左右する熱帯雨林の破壊など、激減しつつある世界の森林を思うにつけ、いまだに国土の67パーセントを森林が占めているという日本の現実は注目に値する。だが、この森林も、ただ温暖多雨のモンスーンという気侯や、山岳列島という地勢などの条件に恵まれたからの幸運なのではない。むしろ今日にかけて数千年のあいだ、森を大切に育成し利用してきた古来の文明のあり方こそが、この貴重な成果をいまに残しているのだ。
 例えば『日本書紀』が伝える神話には、文化英雄神の素盞鳴尊(すさのをのみこと)が自分の髭を抜いてスギと成し、胸毛をヒノキ、尻毛をマキノキ、眉毛をクスノキと成し、御子神の五十猛命(いたけるのみこと)や大屋津姫命(おほやつひめ)、柧津姫命(つまつひめ)に命じてその木種を国中に播かせ、この国を青山なす緑の列島にしたと伝える。そしてこの御子神たちは、その功績によりその名も「木のくに」に由来する紀伊国(和歌山)の古社、伊太祁曽神社(いたきそ)にまつられたという。
 古代から日本人は、営々と水田を開発しながら、その灌漑のために里山から奥山にかけて水源林を育成してきたが、しかもその豊かな山林を神々の業とあがめ、神霊の宿る聖樹として大切に利用してきた。だから現に全国いたるところの山間地帯の住民たちは、過疎化と農林業の衰退に悩みつつ、今なお森林に〈山の神〉をまつり、水源に〈水の神〉をまつり続けている。この小さな神々の無数にしてささやかな祭りこそ、現代の都会人が忘れてならない貴重な精神の遺産なのだ。