神社広報第49号『まほろば』発行

神社広報第49号 『まほろば』 〜神々と生きる〜 
を、平成23年6月20日に発行しました。
全国の神社を通じて配布しております。

○目次
・対談「神々と生きる」姿を今こそ世界へ
  アーティスト
   藤井フミヤ
    ×
  神社本庁総長
   田中恆清
・伊勢の神宮と式年遷宮
・コラム 「畏れ敬う-日本人が受け継いできたもの-」
・インタビュー「今、当たり前のことに感謝したい」
   平原綾香
・コラム 「神話と歴史をつなぐ-三種の神器-」
・コラム 「闇について」
   倉本 聰

【掲載内容】

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対談
 「神々と生きる」姿を今こそ世界へ
  藤井フミヤ(アーティスト)
    ×
  田中恆清(神社本庁総長)
  ・神さまからのごほうび 
  ・木に抱きつく 
  ・未来を感じる式年遷宮 
  ・八百万(やおよろず)の神々
  〈読者プレゼント〉藤井フミヤさんサイン入りCD

《本誌抜粋》

(田中)フミヤさんの曲には、雲や風など自然の風物を入れた歌詞が多いですね。自然というものを、どんなふうにとらえていらっしゃいますか。
(藤井)神道の影響を受けている部分はありますね。山や森に神さまが鎮まるという感覚、まさに自然の中に。風ひとつにも、何か不思議なものをを感じるときがあります。
(田中)フミヤさんは、心身が疲れた時に、神社の森に行って木に抱きつくということを聞いたのですが、ほんとうですか。
(藤井)ほんとうです。神社に行くと、都会の中でも雑踏から隔離されているような、一種のバリアが張られているかのごとく、空気の流れが違うんです。神社にはゴミ一つ落ちていないし、何らかのパワーを感じるんですよね。それが心地いいというか、心も身体も浄化されるような感じになる。パワーの源のような大木に、思わず抱きつきたくなるんです。
(田中)式年遷宮のイメージソングとして、「鎮守の里」という曲を作っていただきました。この曲には、フミヤさんの自然観や、日本の神々に対する思いがとてもよく出ていると思います。古くから日本では、童謡や唱歌が歌われてきた歴史がありますよね。「鎮守の里」はひじょうに叙情的で、美しい日本語で綴られているし、覚えやすい曲です。全国の神社で、よく歌われていると聞きます。
お伊勢さんに行かれて「鎮守の里」の構想を練られたと伺いましたが、ああいう曲調を考えられたきっかけはどういうところですか。
(藤井)まず、日本の音楽、日本の歌って何だろうと考えた時に、日本の風景をすぐに思い浮かべられるのは、童謡的なものがいちばんよいかなと思って、そういうコード進行とメロディーを考えました。やっぱり、日本の文化は、神社の祭りなどまさにそうですが、だいたい季節の中に溶け込んでいますよね。そこで、「鎮守の里」の歌詞は、四季を表現するため、四番構成で歌うことを考えました。
それで、どうせ曲を作るならお伊勢さんで作りたいと思って、伊勢に滞在して、宇治橋の手前の五十鈴川のほとりで作りました。天気のよい日にギターを持って行って。太陽の光、森の緑、川のせせらぎ、鳥の声、お伊勢さんを身体じゅうで感じながら、曲になっていったんです。
(田中)あの歌を聞いていますと、ひじょうに伸びやかな感じで、日本らしさが伝わってくるんです。ほんとうに、よいイメージソングを作っていただいたと思っています。日本らしさが凝縮している点で、まさにわが国最大、最高の祭典である式年遷宮にふさわしい歌です。
今回の式年遷宮で歌われて、その後もずっと、いつまでも歌い継がれてゆく曲になると私は信じています。
(藤井)ありがとうございます。

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インタビュー
 「今、当たり前のことに感謝したい」
  平原綾香
  ・なりたい自分に誘われる
  ・いつも「言霊」を感じて
  ・みんな深いところで繋がっている
  ・今、伝えたいこと
  〈読者プレゼント〉平原綾香さんサイン入りCD

《本誌抜粋》

私にとって神社は、より謙虚な気分になれるところですね。「真ん中は、神様が通る場所だから」と教えてもらってから、参道の真ん中を歩かずに、ちょっと横を歩いているだけでも、すごく感謝の気持ちがわいてきますし、神社に行くと「見たい」という思いがなくなって、「感じる」という風に変わっていきます。「見たい、見たい」と思うと、なんだか見えなくなるような気がして、なにか目に見えないものを見るというか、感じることにしているんです。神社でライブをさせていただいたことがあるんですが、神社では他のステージとは違って神さまに見守られて歌っているような気がします。それがいつも印象に残っている感じで、常に自分の一番いい状態に戻してもらいながら歌っている感覚になります。例えば、体調の面もそうですし、心の部分も、なりたい自分にも持っていってもらえるような気がして、それがいつも不思議だなと思っています。それと、神社は自分から心や体を整えようと思わなくても、一歩踏み入れただけで「ありがとうございます」という気持ちが溢れて、自然に整うんです。
神さまの前で手を合わせてお祈りするときと、歌う時の気持ちはすごく似ているんです。私は歌うときに、何か祈りながら歌うことが多いんですが、神社で歌わせていただくときは、さらにその感覚が高まって、後押ししてもらっているような気持ちになりますね。
今は、震災のことがあるので、「一人でも多くの方が助かって、一日でも早く普段通りの生活が出来ますように」という想いがありますが、歌っているとき、とくに神社で歌わせていただくときはそういう具体的なお願いを通り越した何かがあって、お願い事じゃない、生きていることに感謝というか、何か大きなものにつながっているような感覚がありますね。

 

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